予定主張病

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1ヶ月以上前だが,現東京地裁刑事部部総括判事のインタビュー記事である。

 

この判事の方に,以下のコメントがある。

「ただ公判前の段階で、類型証拠開示を全て行ってからでないと、どんな主張をするか一切言えないという弁護人がわずかにいます。どの辺りを主に争うか分からないと争点整理のしようがないので、改善してほしいと感じています。犯人性を争うのか、犯行態様を争うのか、全く無罪を主張するのか。公判前整理手続きで証拠開示も進んでいます。検察官は任意でも証拠を開示しているので、それらを見るだけでも大部分の証拠はわかるのではないかと思います」

 

こうおっしゃられる裁判官は体感として結構存在する。

まだ類型証拠開示が済んでいない,早い段階での応訴方針の表明を要求してくる。

酷い場合には,まだ検察官の証明予定事実及び証拠請求がない段階で予定主張記載書面の提出時期を決めようとしてくる裁判官もいる。

私は,こういう考えを持つ方を「予定主張病」と呼んでいる。

 

たしかに,裁判官にとってみれば,弁護人の応訴方針が明らかにならないと,主張整理も証拠整理も進まないので,そう言いたくなる気持ちは理解できる。

しかし,刑訴法316条の17第1項では,予定主張を明らかにするのは,類型証拠の開示を受けた後だ,と書いてある。したがって,別に上記の対応を取る弁護人が違法なことをやっているわけではなく,むしろ法文に忠実に遂行しているに過ぎない。

実質的にも,弁護人は証拠と矛盾した主張を展開するわけにはいかないわけだし,有利な証拠があるかもしれない(検察庁は有利な証拠を隠した歴史的実績がある。)ことを思えば,依頼人に対する職責を全うする上で,類型証拠の全ての開示を受けるまで,原則として主張を明らかにするべきではない。

無論,個々の事案に応じた柔軟な対応は必要であろうが,類型が出され切るまで主張を一切言えない基本路線を論難されても困るし,筋違いだというべきであろう。

検察官は柔軟に任意開示している,などというが,所詮は任意であって,全面開示でない以上は,開示されていない証拠を検討する必要性は任意開示の多い少ないでは関係ない。検察庁が証拠隠しをしてきた歴史的実績もあるわけだから,今もそんな野蛮なことをやるとは言わないが,信じろと言われても無理だ。

弁護人は被告人と(多くは捜査段階から)接見しているから,どんな主張かわかるだろうなどとも言われる。その主張が全ての証拠をちゃんと説明できるかを検証する必要があるわけだし,証拠を見てあいまいな記憶が整理されストーリーが変わってくることもあるわけだし,時には証拠を見て「すみませんやっぱりやってます」と言う方だっている。

つまり,弁護人にとって,類型証拠開示が終わるまで何らかの主張を明らかにすることは危険なのである。

「あくまで暫定のもので良いですから」「あとで変わっても良いですから」なんて言われるけれども,申し訳ないがそこまで裁判所を信用していない。また,変わるかもしれない主張を整理する意味は何なのだ,と問いたい。

改善すべきは弁護人が取る上記基本路線ではなく,税金で集めた証拠の包括的全面開示を認めていない刑訴法,税金で集めた証拠を包括的全面開示をしない検察官である。その上で,開示を受けた時から合理的な検討期間を経過してもなお主張が明らかにできないのであれば,たしかにそれは弁護人の怠慢と言わざるをえない。

 

そのことを理解しないご発言を全国紙のインタビューでなされるのは,いただけない。