桜を見る会

桜を見る会がとても話題になっている。

予算が膨れ上がっている問題に端を発し、本来の目的から離れて単なる集票イベント(税金の私物化)になってるのではないか、さらに安倍自民党総裁後援会主催の前夜祭が公選法違反なのではないか、挙句の果てに名簿を廃棄し...とにかく桜を見る会という一つのテーマに複数の論点が浮かび上がっている。


ところで、私は不思議に思うのだが、桜を見る会をやめるべきだという意見をほとんど見かけない。


桜を見る会の本来の開催趣旨は、


各界において功績、功労のあった方々を招き日頃の労苦を慰労するため


などというものであるらしい。

私からすれば、開催趣旨自体に反対であり、税金の無駄だと言わざるを得ない。

人はみな何かを生産し、消費し、国に対して何らかのプラスの影響を与えているはずである。もちろん、その中でめざましい活躍というものはあるが、突き詰めるところ程度の問題である。

それを政府が功労者、功績者として「認定」し、桜を見ながら総理と交流しましょうなど、税金の無駄以外の何ものでもない。


たとえばノーベル賞のように、栄誉ある賞があることによって、それを目指すことがひとつのモチベーションとなり、研究や活動が活性化する効果があるなら良い。国民栄誉賞なども、その意味でまだ許容できなくはない(そもそも国が人の功労を選別することに抵抗があるが。)


しかし、総理と桜を見たいから頑張ろうなんていう人がどれほどいるんだろうか。少なくとも私はそのために頑張ろうなどとは全く思わない。安倍政権ではなくても。


無くてもなんの問題もない。ならば削るべきだ。日本の財政に桜を見る如きで何千万も投下している余裕はない。


しかしなぜかこういう批判はほとんど聞こえてこない。ラジカルな意見なのだろうか。また、民主党政権時代に一度だけ開催してしまった手前、こういう攻め方はしにくいのだろうか。


この問題を調べている過程で読んだのだが、

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/68505?_gl=1*1534r1b*_ga*SEZmR3JLR2s0T2R3UXAwbXVwbnRGaGpBYWhfQ2JPSExBU1ZIMnc4TnFwVldOdXdfaEhURFMzakRGdFpkZWxGbA..

この記事に


筆者のように数字ばかり見る人間にとって、5500万円の予算を野党が一斉に「税金の無駄遣い」と非難するのは、会計の重要性原則からみれば的外れだ。


などという記載がある。

会計の重要性原則ってこういう意味だっけ?という感じであるが、そもそも、5500万円という金額を、相対的な見方だけで的外れと切り捨てる人物に、財政を語る資格はない。